1918年7月18日、ネルソン・マンデラ氏は誕生しました。
ネルソン・マンデラ国際デーとは
国連がネルソン・マンデラ国際デーを制定したのは、ネルソン・マンデラ氏の92歳の誕生日でした。生涯を通じての偉業を称え、病状に伏していたネルソン・マンデラ氏の回復を祈るとともに、「67」分間だれかのために行動を起こそうと、呼びかけました。
ネルソン・マンデラ氏って?
ネルソン・マンデラ氏といえば、アパルトヘイト政策の撤廃に尽力し、南アフリカで初めて民主的に行われた選挙で大統領となりました。
みなさんも中学生のとき、「ネルソン・マンデラ=アパルトヘイトのテッパイ」と必死に覚えたのではないでしょうか。ただただ撤廃をしただけではなく、ネルソン・マンデラ氏は長年続いたアパルトヘイト政策を、平和的に終結させたとしてノーベル平和賞を受賞しました。
27年間の獄中生活
平和的にといっても、ネルソン・マンデラ氏も武装闘争へと転換を試みますが、すぐに投獄されてしまいました。その後27年もの間、獄中で過ごしたのです。そこで結核を患ったり、目を傷めたりしますが、平和への道をあきらめずに勉学に励み、なんと獄中に南アフリカ大学の通信制課程を修了し、法学士号を取得するのです。
釈放後には後継者と期待されていたクリス・ハニ氏が暗殺されましたが、このときにもネルソン・マンデラ氏は国民に冷静になるように呼びかけたのです。
約20年前、最近の出来事
1994年の南アフリカで初めての全人種参加選挙で、大統領に就任しました。ネルソン・マンデラ氏、76歳のときのことです。
今からおよそ20年前に出来事、そんなに昔のことではないことに驚きませんか。
このときの就任式では、ヒンドゥー教、イスラム教、ユダヤ教、キリスト教など様々な宗教の指導者が祈りを捧げ、融和が図られました。
世界の人気者
6年間の任期満了で惜しまれつつも引退をしましたが、ネルソン・マンデラ氏は国民から、アフリカや世界の人気者となりました。
イギリスの公共放送局BBCの行った、世界政府の大統領選挙と名目の調査でトップに選ばれました。
マイケル・ジャクソン氏と親交があり、南アフリカを度々訪れライブを行っていたのだとか。
2010年FIFAワールドカップ南アフリカ大会では閉会式に参加しました。これを最後に公の場に姿を現すことは無くなりました。
「67」分じゃなくてもOK!
ネルソン・マンデラ氏は95歳の生涯のうち、67年間を人権と社会的正義を求める闘争に捧げました。
「世界をそこで暮らすすべての人々にとってより良い場所にできるかどうかは、あなた方次第だ」
このネルソン・マンデラ氏の言葉にあるように、国連とマンデラ財団は、世界の人々、一人ひとりに、7月18日に少なくとも「67」分間の社会奉仕を行うようお願いしています。
何か自分の得意なことや好きなことで、人に喜んでもらえることってありませんか。
自分では気づいていないかもしれないけど、あなたにできること。
ふだんは恥ずかしくてできないことも、ちょっとしたことでも、67分間だけじゃなくてもいいから、やってみませんか?
少しずつ、一人ずつが、大きなちからを生みます。